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翻訳コラム11社内翻訳のメリットと課題


約20年前に当社が事業を開始した頃と比較して翻訳業界を取り巻く環境は大きく変化してきたが、そのひとつとして、つとに近年、一部の翻訳ニーズにおける競合相手が「同業他社」から「社内翻訳」に変化しているように感じることがある。

背景としては、人材市場の国際化や国内人材の語学力向上により企業内部人材の語学力が底上げされているという側面もあるだろうし、自動翻訳やChatGPTを初めとするAI技術の台頭も一因であろう。いずれにせよ、社内翻訳という選択肢は中小企業を含む多くの企業の間で現実的なものとして浸透してきているように思う。

一昔前にも、「内製化」という標語のもと、社内翻訳を推進する経営者の方がとりわけ製造業分野で多くいらっしゃったように思うが、それがよりカジュアル化してきたといったところだろうか。


さて、かくいう私自身は、もともと翻訳者としてのキャリアの第一歩を社内翻訳者として踏み出したということもあり、基本的には社内翻訳リソースの有用性を否定するものではない。しかし、様々なお客様企業から提供された社内翻訳成果物を「参考資料」として拝見することも多々ある今日、この道20年の実務翻訳のプロとしては見過ごすことのできない課題もあると思っている。

そこで本稿では、できる限り一翻訳者として見た社内翻訳のメリットと課題点をまとめてみたいと思う。翻訳サービス事業者という立場上、社内翻訳がうまくいっている事例に触れることはあまりないので、その点はいくぶん差し引いて読んでいただく必要があるかもしれないが、まずはメリットから。


■社内翻訳のメリット


1. 自社の製品・サービス・ニーズに対する深い理解をもって翻訳できる(あるいは理解している人が近くにいる)

率直に言って、翻訳物を取り巻く状況や技術を深く理解したうえで翻訳できるというのは相当に大きい。最大のメリットと言えるだろう。

そもそも実務翻訳の現場では、原文には当たり前のように誤記があるし、言語化されていない前提情報や社内言語・業界用語が含まれていたりもする。原文の書きぶりに起因するものかどうかを問わず「誤解」も生じ得る(認知言語学的にも「誤解」を100%避けることはできないとはいえ)。 プロの翻訳者はかなり入念にリサーチや確認作業を行ったうえで解釈を試みるが、カバーしきれない部分が完全にないとは言えない。

その点、社内翻訳においては、多くの場合、文書の主題に関して少なくとも集団レベルでの「当事者」が翻訳を行うということになるわけだから圧倒的に認識の齟齬が起こりにくいといえる。社内翻訳者自身は必ずしも技術に精通していないとしても、精通した人間が比較的近くにいてコミュニケーションを取れる状況にあることは大きな利点である。


2. 長期的・継続的に翻訳ニーズが発生する場合はコストが抑えられる

そもそも経営的観点における翻訳内製化の主たる狙いは、過去も現在も「コスト削減」にあることが多かっただろうと思う。長期的かつ継続的に翻訳業務を外注するには少なくないコストがかかるため、内製化による費用面のメリットは大きいものとなり得る。加えて、副次的なメリットとして、長期的には社内翻訳者の能力も上がりノウハウも蓄積され得る。

また、「訳文に高度な信頼性を望まない」という前提のもと、一定程度の相互理解が確立された関係者に配布される資料の翻訳に際しては、自動翻訳サービスとポストエディットの組み合わせを活用できればコスト・時間という側面でビジネス上のメリットはさらに大きい。


3. 社外への情報漏洩リスクが抑えられる

社内翻訳においては、基本的なフローのなかでまず情報が社外に出ないので、高度な機密情報を含むドキュメントの取り扱いは社内に限定するという判断は十分に合理的であろう。

ただし、自動翻訳やAIを含む今日のテクノロジー界隈の事情に鑑みると、担当者のリテラシー水準によってはリスクが生じ得る。十分な社内研修と内規による規制が求められるところではある。

なお、翻訳業務における検索エンジンや自動翻訳サービスの利用に関わる情報漏洩リスクについてはこちらのコラムでも取り扱っている(その後AI技術が大幅に一般化してきたため、やや情報が古いが要所は通底するものがあると思う)。


■社内翻訳の課題(一般論として)


社内翻訳のデメリットとしては、「兼務の場合の作業効率低下や激務化」、「業務の属人化」といった組織的課題もあるのだが、やはり総じて品質面で十分なものが得られにくい(十分な品質を担保できる人材を確保することが難しい)ということが最大かつ最重要と言わざるを得ないと思う。

率直に言えば、誰もが知っているような有名企業の社内翻訳文書であっても、プロの目から見ると信じがたいような訳文が散見されるケースが目に付くのである。スペルミス、文法ミスや単位の誤記といった基本的なところから、同じ言葉でも業界や文脈によって訳し分ける必要のある言葉を「辞書の一番上に載っている訳語」で対応していてまったく違う意味になっていたり(ノウハウの不足による機械翻訳や辞書への過度な信頼も一因と思われる)。

プロの目線では「本当にこれで大丈夫だったのか」と思ってしまうこともあるが、現場では人同士のコミュニケーションや経験知でカバーするということが成り立つのだろう。実際、特に技術系の領域ではそういうことが多い。技術者同士は言葉が通じなくてもわかり合えるというということは、確かにあるようだ。ビジネスだからコストとの見合いもあるし、それはそれで自覚的にされているのであれば問題ないのだろう。しかし、必ずしもそうではなくて実は経営者・管理者レベルでは「ちゃんとやっている」つもりでおられたりするケースもあったりする。

いずれにしても最終的には大丈夫ではなかったから弊社のような翻訳サービス事業者を利用されたわけではあるが、やはりマニュアル類やカタログ、アニュアルレポートなど外部に露出する文書においてこのような状況では、企業の信頼感を損ねかねない。


ではどうしてそのような状況が起こり得るのか。私は主に2つのポイントがあると思う。


1. 適切な能力評価基準がない(そもそも人材不足)

翻訳能力は基本的に翻訳物の品質によって評価されるべきだし、多くの翻訳業者は様々な質的・量的評価基準を設けて成果物の質と翻訳者の能力を評価している。しかし、翻訳を専業としない企業でそうした体制を整えることは必ずしも簡単ではない。

そもそも適切な評価を行うには、評価する側に十分な実務能力が必要となることは言うまでもないわけだが、特にリソースが限られる中小企業の場合や、能力のある人材が本来業務で手一杯になっている場合など、評価を行うための体制が整わないことが多いのである。

必然的に、翻訳業務から縁遠い業種になるほど「TOEIC900点以上」や「海外経験」など、語学力重視で社内翻訳者が登用または採用されることが多くなる(あるいはそういう属性を持つ人に兼務で翻訳を任せている)。

しかし、TOEICのような受動的能力に焦点を当てた試験のスコアは、基本的に高度なアウトプットが求められる翻訳者の力量を測るうえでほとんど参考にならない。あるとすれば「TOEIC で900点も取れないなら正確性か処理速度のいずれかに問題があるだろう」という足切りとして利用する程度で、私自身は翻訳者の採用基準としてほぼ参考にしていない。外国語を流ちょうにしゃべれるかどうかも、基本的には高度な内容を取り扱うことになる実務翻訳の能力には直接かかわりがない。

実際、私自身も米国で大学を卒業して帰国後すぐに小規模メーカーの翻訳担当として採用されたが、TOEICだかTOEFLだかの点数のみを基準に外部に露出する文書の翻訳を任せられてしまった。なんとも申し訳ないことだが、今振り返ると技術を理解できておらず、意味不明なレベルの訳文を量産してしまったことを恥じ入るばかりだ。

「翻訳業務対応可」の派遣社員や「翻訳経験有り」の中途社員に翻訳業務を担当させるというケースも多いだろうが、優秀な翻訳者は独立した方がはるかに稼げるし働き方も自由になる。従って基本的にはフリーランスとなる方が多く、それ以外の「翻訳実務経験」は高度なものではないことがほとんどで、たいして計算できないことの方が多い。


そもそも翻訳を専業とする翻訳会社は、特に大手であれば年間に数百人、数千人という単位でトライアルを実施し優秀な翻訳者を血眼になって探している。それでも継続的に翻訳業務をお願いできるようになる翻訳者はごくわずかである。翻訳会社への応募者はTOEIC満点近辺で長期の海外経験があるような方がほとんどなので、当然ながらバイリンガルレベルの語学力と各分野の知識経験を持つ候補者に絞り込んだうえで、だ。

つまるところ、語学ができる人材は多いが、そのなかから優れた翻訳ができる人材を探し出すことは容易ではないのである。社内翻訳の導入・拡大を検討される際は、このような事実も念頭において採否を判断されることも必要ではないかと思う。


2. 適切なチェック機能が働いていない(エラーがあっても放置される)

とはいえ、一般論として、メリット2で述べたように翻訳者の能力は漸次向上してゆく。実際に優秀な社内翻訳者の方も世の中にはたくさんおられるし、仮に当初の能力が十分でなかったとしても、現場の文化や背景を理解し経験を重ねることで社内で非常に重宝される社内翻訳者へと成長していくこともある。

しかし、それでもミスはゼロにならない。人は必ずミスをするからだ。ミスをするからチェック体制が必要となるのだが、こと社内翻訳についてはそれが抜け落ちていることが実に多い。

実例として、ある分野で日本を代表するトップ企業であり、やはり誰もがその名を知る有名企業の海外取引先向け文書の英語版を目にする機会があったが、文書のタイトルにでかでかと綴りを誤った単語が掲載されていた。

聞けば翻訳はすべて専任の社内翻訳者チームで行っており、外注をされたことはなかったそうだ。

Wordのスペルチェック機能を使用するだけで瞬時に指摘できるレベルのエラーだったが、一番目立つ場所にあったにもかかわらず長年気付かれてさえおらず、成果物に対するチェック機能が存在しなかったことは明らかだった。結局、前出の文書にはタイトルのスペルミスに留まらず色々と問題があったため、その企業様は外部とのコミュニケーションに齟齬が生じて弊社に翻訳を依頼されることとなったのである。

まったく企業規模は違うが、私が駆け出しの社内翻訳者として量産していた拙い訳文もほぼノーチェックで顧客に配布されてしまっていた。リソースの少ない中小企業であれば「問題ないことにして先に進もう」となってしまう実情があるのは実感として理解できる。

まともなチェックを行っている翻訳会社ではさすがにこういうことはあり得ないのだが、社内翻訳においては、本来業務の品質管理には極めて徹底した体制を敷いている企業様においても起こってしまうのである。


■まとめと提言


前出の企業様には弊社の翻訳サービスをご利用いただき、結果的に取引先からの受けが良くなり業務が大変スムーズになったとご好評をいただいた。

しかし、当然ながらあらゆる翻訳ニーズにおいて外部の翻訳サービスを利用される必然性はない。社内の記録用であったり、部内ミーティングの参照用に使用するような翻訳物の作成に大きなコストをかける必要はないだろう。場合によっては自動翻訳で代用できる場合もあり得ると思う。

しかし、ものによってはそうはいかないのもまた当然で、例えば日本語の企業ウェブサイトに明らかに「てにおは」や文章の掛かりがおかしく意味の分かりにくい文章が頻出していた場合、少なくともその企業にたいして良い印象にはつながらないだろう。外国語であっても、そのようなレベルの文章が企業のオフィシャルな情報として外部に露出することは望ましくないはずだ。

前出の事例の場合は、むしろ意味が伝わることのみが重要な文書だったが、それすらうまくいっておらず業務に支障が出ていた。

「翻訳業者のポジショントーク」との批判を恐れずに言うならば、結局のところ難易度・重要度の低いものは内製化しつつも、高度な専門性を要する翻訳業務や社外に露出するドキュメントの翻訳は外注する、という割り切りは多くの場合において必要だろうと思う。

実際、弊社の翻訳サービスは、社内翻訳チームどころか系列会社に翻訳専業会社を抱えているような大規模な企業グループ様にもご利用いただいている。個々の翻訳ニーズの要件に応じて、社内翻訳リソースと弊社のような翻訳サービス事業者を効率的に使い分けていただきたいと願うところである。


後半は否定的な内容に偏ってしまったかもしれないが、最後に本稿の考察をもとに社内翻訳能力を有効活用するための提言をまとめてみたので、あくまで一般論ではあるがご参考になれば幸いである。


  • 単純な語学力指標ではなくアウトプットの品質をもとに社内翻訳者を採用・登用すること(そもそも品質評価ができない場合は内製化をあきらめることも検討すべきか)
  • 少なくとも外部に露出するドキュメントの翻訳業務においては客観的なチェック機能を持つこと(弊社では積極的に行っていないが、この部分のみ外注することも可能)
  • その一環として、目標言語のネイティブスピーカーによる校正やリライトを実施すること(管理者レベルで事業内容に精通したネイティブスピーカーがいることが望ましい)
  • 特に自動翻訳やAIを活用する場合は不完全であることを自覚し、用途を拡大せず限定的に運用すること